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はじめに|序論営業マーケティングIMC事業戦略MCSデータ・統計設計ツール行動指針経営論こぼれ話教育・研修

はじめに
マーケターのエンジンは、現場に踏み入る「行動力」と、変化を楽しむ「好奇心」です。

「疑問 “なぜなんだろぅ?”」 「誤謬 “本当かなぁ?” 」 「仮説 “こう考えてみたら、どうょ!” 」 ・・・・・・ トッピックス
「自分で “考える” 」 ための論理&方法論 ・・・・・・ ファンダメンタルズ
について、
自ら格闘しながら得た知見を、できるだけ等身大・同一目線を意識し、借り物ではないオリジナルを書下ろしていきます・・・・・。

訪ねていただける皆さんの「新たな視点」「何かのヒント」になれば、幸いです。

“生き字引・証人”として発信して行きますので、『実践的な教材・立ち返る手引き』として活用ください!!

[一言蘊蓄]千変万化(センペンバンカ)
物事が様々に変化すること。
出典:列子「西極ノ国ニ化人有リテ来(キタ)ル。水火ニ入リ、金石ヲ貫キ、山川ヲ反(カエ)シ、城邑(ジョウユウ)ヲ移シ、虚ニ乗ズルモ墜(オ)チズ、実ニ触ルルモサマタゲラレズ、千変万化シテ究極スベカラズ」

大競争時代

「大競争」だけではなく、「大変化」「大激動」「大転換」・・・とこれまでにない「大」がつく程の変節点を意味する時代の到来です。

IT革命を引き金に、規制緩和と金融ビッグ・バンの渦中で、市場原理がスタンダードとして貫かれる。「市場/顧客/業界」「国/世界」という垣根(“際”)が低くなり、単位が分解・再構成、終には一気に塗り変わってしまうかもしれない。

これまでの原風景では、仕事の対象は自身の職分、会社の事業、属する業種・業界、そして顧客・市場・・・定まっていたこと、指示され、やらなければならないことでした。そこには、必ず前例・常識があった。また、大きな(構造的・組織的な)変化を目の当たりにし、ギャップ(乖離・瑕疵・誤謬)には気づいていても、自ら(個人で)その常識や慣行を打ち捨てて、新たに挑戦するなどという冒険は歓迎されませんでした ――― 出る杭は打たれるものだった。

一方、世情はドッグイヤーと謂われるように7倍のスピード、まさに風雲急を告げていると認めざるをえない。
我々の会社・業界は違う・異なるなどと自分自身に言い聞かせていませんか?

これからは、自分自身がこの現実と向き合い、克服・解決のために、率先垂範していかなければならないと覚悟しよう!

「一気に世界に競争局面は拡がり、変化・変容が常態化する、先の読めない、難しい時代」
「いかに自分自身を変革するのか」
・・・自問自答してみよう!

激動、混迷のビジネス環境

これまでの環境認識とは、一線を引かないと理解できない現実が、例外なく浸透してきた。

〜1980〜の世界景気停滞に始まり、“ ビッグ・バン ”と呼ばれる新秩序形成が火を噴き、「規制緩和×市場原理ルール」を伴い、一気に唯一無二の世界市場を生み出した
独特のビジネス風土と見なされている日本にも、15年、10年と先行したイギリス・アメリカの後を追う形で、その影響は如実に反映されるようになってきた。

生活に直結する小売・流通、金融・サービス等はマスコミ露出も多く喧しいほどだが、一般産業に目を転じると、業種・業界に隔てなくモノづくりの製造業でも、深く潜行しながら大きな構造変化を引き起こしている。

「リーダー/チャレンジャー/ニッチャー/フォロワー」の類型化さえ、淘汰は差し迫り生き残り・勝ち抜くために、「リーダー」or「ニッチャー」のどちらを目指すのかの戦略シナリオを問われているといっても過言ではない。

変化

「変化」とは、変わって・化ける。“物理”ではなく“化学”反応 ―― 予想もしないモノになってしまうことだ。「予定調和ではない」「未体験」ということに他ならない。

ご破算にしてゼロベースで、新しい理解に立つ。
ヒントは意外なところにあった。「変化は機会を生む」とよく唱えられる。
CHANGE⇒CHANCE アルファベット綴りを並べて眼を凝らすと、GとCの一字違いに気づくだろう。GがCになるには・・・? そぅだ!・・・tを取り払えば、いいんですよネ。

t:taboo 「タブーを払拭しろ!」
タブーとは、宗教用語で「聖域」。変化・変容を遂げるビジネスに置き換えれば、「これまでの常識:因習・慣行・習わし/既成概念・固定観念・思い込み/先例・既体験(成功&失敗)」と翻訳できる。

根源的に日本人の社会性・メンタリティの問題だろうが、一般に誰もが「お上意識」に象徴されるように、「全て他人(ヒト)任せで、事足れリ」とみなし踏襲。自分の頭で考え、あえて行動してこなかった。

一時の成功は慢心を生み、変化に対応しないと即落伍を意味する。変革を怠らず、常に新たな見方・捉え方にトライし続けよう!

変わる? 変われ、変わり続けろ!

変わることって、本当に難しい?

日本では「変わる」というのは、決して誉め言葉ではない。心変わりをしたと異性に詰め寄られ、変わり身の速い奴と同姓には軽蔑される。世間からは、変わり者と揶揄されることもある。
変わらないことこそ、誠実で一貫性があり、信用される要件だった。

だが、これからは「変われ(変わらなければダメ)!」
現状に甘んじることなく、自らをぶっ壊して、創り直そう。

言葉にしてみるとわけもないようだが、現実にはものすごいエネルギーが要る。正直言えば、変わるのは面倒くさい、だって成り行き任せが一番楽だから・・・さ。
逆に「変わらない」=見過ごす・放置することは、取り残され、落伍・衰退を意味するわけで・・・。
常識・通念・成功体験が通用しないばかりか、変革できないと、染み付いた既成概念が逆襲する時代を告げていると覚悟すべきだ。

[変わらない]繋がりで、小粋な都々逸(7775)を一節・・・
「♪俺〜のぉー心は、“トタンの屋根”ぇ〜よ、変わらない(瓦ない)〜のを、見て欲し〜い♪」

真価

変化が常態化した「不確実性」の時代だからこそ、まさに「真価」が問われる。

真価を辞書で引くと、「物、または人の持っている本当の価値」とあるが・・・?
ビジネスに投影すると、音で符合する“シンカ”を三つ連ねて、「真価=深化×進化」の式で表せる!

「深化」とは、物事を本質的な理解にまで、掘り下げること
「進化」では、大きい・強いからではなく、適応できるもののみが生き抜ける

次代を担う若年層&ミドルが、今を造り上げた世代を捨て石に、乗り越えることを求められている。

慎重・堅実の譬え「石橋を叩いて渡る」は見当違い、怠惰・臆病と言うべきところを取り繕っているだけ。覚悟を決めて、「一気に飛び越える」もしくは「橋を壊して造り直す」と決断することだ。

自分で考え、率先垂範!
行動して結果がよければ「最善」、行動が間違っていたとしてもすぐに修正できれば「次善」、遅れをとって機会を失うことが「最悪」なのだ。

進化
「水中で暮らしていた生物が進化することにより、陸に上がることに成功した」「猛毒であるとされていた酸素を、逆に取り入れることに成功したくて効率のよい活性メカニズムを構築した」といった「進化=英雄論」的な考え方は根本的に違っている。
『時空を旅する遺伝子』西田徹<日経BP社2005>

すなわち、進化は「勝ち組」によってなされたのではなく、常に「勝ち組」(優位を勝ち得た生物)に追い払われた「負け組」(劣等に追い込まれた生物)によってなされた。
また、進化における最適化には到達点がなかったように、「勝ち組」には完全な勝利というものは存在しないし、その概念自体が人為的で恣意的な幻想だ。むしろ、そこに到達した「勝ちパターン」に執着することにより、進化するどころか滅亡の道を歩み始める危険性をはらんでいる。
進化するための原動力は、決して「勝つ」ことでも「勝ち組」になることでもない。悲観的で劣悪な条件の下でも、けっして「負けないこと」、「劣勢の中でも生き抜くこと」、そして「不自由さを乗り越えるための永続的な挑戦をしていくこと」にある。

常識[その1]

ある社会で人々の間に広く承認され、当然持っている筈の知識や判断力。「―では考えられない奇行」「―に欠ける」等と使う。
したがって、常識には「社会通念・共通感覚」として、大多数が少数を、既存(成)が新奇(規)を排除するルールを孕んでいる

なんでも「常識」が通用した(成長力が神通力を持ちえた)時代は、ステレオタイプ(杓子定規)で事足りた。しかしこれが、『延長線』『積上げ』方式といった考え方を横行させ、『思考停止』に代表される大きな弊害を生み出すことになる。

自分のジ頭で考える(考え方の回路を組立て・廻す)ことが不可欠・必須
知識重視の「詰め込み教育」で育った者は、「知識を検索すること=考えること」と錯覚している。過去の記憶を辿って頭の小引き出しから正確に瞬時に捜し出すという“記憶・選択作業”に終止しているだけなのに・・・。

学ぶことの意味・意義は、回答を覚えることではない。問題・課題の解決・克服にいかに取組むかにある。様々な顔・表情を持ち常に移ろい変わる対象を『多面的』に『複眼的』に捉え、表層・現象面にとらわれることなく底流を流れる本質に迫るプロセスを会得するのが狙いなのです。

常識[その2]

我が家の常識、社会の常識、日本の常識 ・・・・・・・ 、世界の常識
我が社の常識、業界の常識、日本産業界の常識・・・・・・、世界の常識
こう並べてマジマジと見つめてみると、いかに“柵(しがらみ)”に縛れているかがよく分かる。暗黙のルールを守っていれば居心地よく過ごせるからに違いない。

「あるべき姿・ビジョン」については、誰か(政治家?財界・経営者?組合?)が考えてくれるものだとの「思い込み(わざと思考停止する)」が刷り込まれているようだ。
そこここに「既特権(益)」が生まれるのも当然・・・カ。

そもそも自身・自社からの発想、いわゆる『ご都合主義』でしかない。とりわけビジネスでは、全てのコストを負担いただけるお客様を優先させる。『顧客起点』と呼ぶが、世の中の常識はこれを無視したものが余りに多い。
内から外から双方向で理解することがなければ、真相に迫ることはできない。また、“真善美”“正義”“徳目”等の本質論・あるべき姿は・・・どこに・・・? 常識を振りかざせば、避けて通れるのか・・・?

「機能不全」、「制度疲労」が見受けられる際、「対症療法」で対応できる場合もなくはないが、それはおそらく状態を維持するか、進行を遅らせる程度に過ぎない。一気に「手術(改革)」を施すか、中・長期(啓蒙・涵養)に抜本的な「体質改善」を図るかの選択を迫られる。

いずれにしても、自らの見識・判断・行動力を問われている。自分で考える力を試されているのです。

常識[その3]

社会事物・事象の事例を挙げて、説明してみましょう。唐突ながら、2題の設問に答えてください。

「刑務所って何をするところ」
A: 罪を犯した者が、刑期を過ごす所
B: 安い賃金で家内手工業的な製作物を工作する所
・・・・・・・・・
X: 次のプロジェクトのために、メンバーを見つけ出す所

「大企業って・・・」
A: 老後まで生活を保証される大樹、切り捨てられることはない
B: 給料も、裁量も年功と共に上っていく
C: サラリーマン貴族/羨望と信用
・・・・・・・・・
各々全てが事実を端的に物語ってはいるが、一言で全てを言い当てることはできない。
つまり、社会事物や現象は様々な顔を持ち、その観方(対象と目的)によって、時としてその表情を変える。これは、多面的(立体的・複眼的)に捉えないと見誤ることの証左である。

事実は一つの事実(現実)に過ぎず、断片でしかない。その底流を流れる真実(真相・本質)には程遠い。
スコープ(視界・視野)を、「点」⇒「線」⇒「面」⇒「立体」⇒「時空」で捉え直し、そして組立て・常に修正することがなければ、真の取組みにはならない。

事実/現実/真実[その1]

これほどまでに激変・激動の時代になると、個々の事象そのものの新奇性・複雑性に戸惑っていると、ビジネス社会の種々の入り組んだ関係性の中では、出口を見つけられず、袋小路に閉じ込められてしまう。

情報源を、TV・新聞に代表されるマス・メディアなど“与えられるもの”のみに頼りすぎていると、単なる事実の羅列にすぎないことに気づかず、自分自身の頭で考えること“本質を見極める”深い考察を忘れること(思考停止)になる。

事実とは、何らかの情報源から知り得た(ある文脈で切り取った)“断片情報(インフォメーション)”にすぎない。その受け取った情報を、知覚・体感した認識・判断に照らして、評価した“原風景”が現実である。そして相異なる現実の底流を流れる“本質”を洞察したものが真実だと言える。

・・・・・・・
Cogito, ergo sum 「考える故に我あり」
思惟は個人と実存の証明:悩み多き私達の毎日は、実は生きている証し!?

事実/現実/真実[その2]

事例を挙げて、説明してみよう。

「日本はたくさん貯蓄する、外貨を一番“蓄えている国”」「アメリカは収入よりも、多く支出してしまう“浪費する国”」と対比した報道をよく耳にする。これも一面の事実・現実ではあるが、税体系の根幹に触れなければ片手落ち、単なる勧善懲悪な風聞になってしまう。真実はこうだ。アメリカでは、生活の基盤となる住居を、ライフ・ステージと所得水準で次々に住み替える。この際の譲渡益に対しては、リタイア時まで概ね非課税扱いで、申告時に20%程度を納めることになっているそうである。ここにインフレ分も含め貯蓄に相当するものをプールしているのである。

もう一つ、素晴らしい美観を維持しているドイツの住宅事情を紹介する。中世からの文化遺産・景観を後世に残すために、野放図な土地所有は認めず、原則公的なものとしている。そして、住居は賃貸が主流で、その所得水準によって住まう街区が決められる。そこでの賃借料は家族構成(単身、DINKS、3世代同居 … )に関係なく、同じ街区ならば床面積に大小格差があっても、全て同料金だそうだ。

所替われば、価値規範、それを支えている仕組み・仕掛けも様変わりなのである。知らないこととやり過ごしてしまえばそれまでなのだが、一歩踏み込んで、その背後にある本質的なところを見抜くことができないと、上面な通り一遍の理解に終始してしまう。

コンセプト

日用的に使われているコンセプト concept 。
一事が万事とは言わないまでも、カタカナ言葉が独り歩きする象徴だ。
心地よいフレーズの様で、聞き流してしまう程 ――― あまりに軽く、看過できない。
単なる符牒・記号、確固たる裏付けもなく・・・、雰囲気で(賢く勉強しているように響くから)・・・

分かっているか否かを濁す(白と黒ではなくグレー)・・・ことも、交渉術には有効なれど、真摯な議論にはもう一歩踏み込むことが肝要!

英語では、考え・概念「思考の枠組み」――― 既成概念にとらわれず、新しい視点から捉え、新しい意味付けを与える ――― 背景もしくは関係づけられる「ターゲット・便益・理由」を定義(考えるルールを決める)されねばならない・・・と使う。

代表例が『コンセプト・カー』、アピールしたい「基本理念:こだわり・主張」「想い・意図」「特徴・差別優位性・独自性」・・・“試作=プロトタイプ”としてイメージを形にまで昇華したものダ!!
そこからは、直観的に「全体を貫く基本的な概念」を読み取れねばならない!!!

エンジニアとスタッフ

マーケティングの研修や、産業調査・事業企画などの実務に携わっていると、極論に過ぎるかもしれないが、“マーケティング”を事務系スタッフの仕事、“イノベーション”を技術系エンジニアの仕事と、初めから仕分けしてかかっているところを多く見受ける。

これでよいのだろうか? いまやマーケティングは二律背反の極致“幅広い専門分野”の一つとして“事務系・技術系に共通・不可欠なファンダメンタルズ”だと言える。

エンジニアはイノベーションと対峙している。常に先駆けていくこと、チャレンジングな取組み。これまでにない・未達成のものを …… 発見・発明すること …… 創り込むこと。内外の先進・先端情報を収集し、それを取り込むことを求められる。
陥ってはいけないのは、独り善がりに成らないよう、洩れなく検証し、的確に組み立てること(弁証法的なアプローチ)。プロセス重視、コンカレント・エンジニアリングは常道である。

一方、マーケティングを担うスタッフは、一般論(演繹的)・内向きに過ぎると、社内論理(力学・権謀術数)に惑わされ、取り巻く外部環境の変化に取り残される。悪い見本は、「組織」と「戦略」の使い分け、手段の目的化。
役割は、内外を俯瞰的な視野で捉え、兆候の発見・アラーム発信や選択肢を提示し牽制機能を果たす、帰納的なアプローチ(ベストプラクティス)が重要である。

はじめに|序論営業マーケティングIMC事業戦略MCSデータ・統計設計ツール行動指針経営論こぼれ話教育・研修


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